「吸わせきるトイレは、災害時のし尿処理に必要不可欠である」
行政の人になりきって、これを証明します。
なんで、そんなことしたいの?
価値がある、と思うからです。
国は災害時のし尿処理について、「吸わせきるトイレの活用」を前提として、その方針を決めています。
そこで、こう考えました。
その「結論づけた人」の頭の中をなぞってみよう、というわけです。
視座を変えることで、別の視点が手に入り、結果として視野が広がる。吸わせきるトイレを、より深く理解できる価値ある思考実験です。
付き合ってもらえますか?
面白そうだね! やってみよう。
災害時には、いつもとは違う「運び方」が必要
始まりは、どこからだろう?
こういうのはだいたい「困ったとき」が始まりですね。
- 水洗トイレならば、管を流れる水で運ばれ
- 非水洗トイレならば、バキュームカーで運ばれ
いずれも、主に微生物による浄化処理ののち、海または川に放流されます。過去の大きな災害の時、これらが通常どおりには機能しませんでした。そして、災害時には、平時とは別の方法が必要だと、わかりました。 必要だとわかったもの、それはし尿のいつもとは違う「運び方」でした。
し尿は、処理すべきもの、運ばれるもの
し尿は処理すべき存在です。し尿を、そのままの状態で放置、あるいは投棄することは、好ましくありません。
微生物で浄化処理し、海や川に放流
19世紀から20世紀にかけて、われわれ人類はし尿に何らかの「処理」を施す技術を獲得してきました。悪臭や害虫などの「不潔」、コレラなどの「疫病」を解決する公衆衛生がその目的でした。「し尿処理」という言葉の存在が、その努力の軌跡の一部です。
現在は「微生物による浄化処理」が、一般的かつ有効な技術とされています。浄化処理後は、海や川へ放流します。
微生物による浄化処理には専用の装置や設備(1)が必要です。
処理する場所まで、運ばなければならない
し尿の浄化処理に必要な設備や装置は多くの場合、排せつ場所、すなわちトイレからは離れた場所にあります。これは、排出されたし尿と「処理する場所」との間には常に距離があり、処理されるためには、し尿は運搬されなければならないことを意味します。
つまり、し尿は処理すべきものであると同時に(少なくとも現時点では)
なのです。
運び方は「水運」と「陸運」の2種類
トイレにおける「水洗」と「非水洗」とは何か。「処理する場所」までし尿を運ぶ「運搬」のことであり、その種類です。水洗を管(パイプ)の中を流れる水を利用した水運とすれば、非水洗は車両でし尿を運ぶ陸運と言えます。
水洗が「水運」とは、考えたこともなかった! でも言われてみれば、その通りだ。
災害時トイレ問題の本質は「いつもの運び手」を失うこと
じゃあ……「水洗」と「非水洗」、災害の影響をより多く受けるのはどっちでしょう?
うーん?……水洗?
災害時に使えなくなるのは、水洗トイレ
災害時には、水洗トイレがいつも通りには使えなくなります。
理由は、断水です。
断水とは、家中の蛇口などから水が出なくなること。地震や水害など大規模な災害では、様々な理由により断水が発生します。水が出なければ、当然ながら水洗トイレもいつも通りには使えない、すなわち「水洗」ができません。
一方、非水洗トイレは、水洗に比べれば災害の影響を受けにくい、と言えます。少なくとも断水の影響を受けることはほとんどなく、断水は非水洗トイレが使えない理由にはなりません。
災害時に使えなくなるのは、水洗トイレです。
災害時トイレ問題の本質は「いつもの運び手」を失うこと
水洗。それはし尿を「処理する場所」まで運ぶことです。
日本の水洗トイレの普及率は9割以上(2)。「水洗」ができないとき、その社会は、全体の9割以上を担う「いつものし尿の運び手」を失ったことになるのです。
つまり災害時トイレ問題の本質は、
にあると言えます。
人々が排せつするし尿の総量は、災害時であっても基本的に変わりません。この問題には対策が必要です。
失ってもなお、あきらめきれない「いつもの運び手」
でもさ、やっぱりトイレは、水で流したいよね……
そう思った人、多いんです。
過去の災害では、そう思った多くの人が、断水時でもうんちやおしっこを水で流しました。貯めおきや買いおき、あるいは苦労して手に入れてきた水を使い、便鉢に流し込む、あるいはトイレのタンクの中に入れて流す、言うなれば「手動の水洗」をしたのです。
この方法であれば、手動とはいえ「水洗」はできた、すなわちし尿は「処理する場所」まで運ばれました。
既存のトイレを使う「手動の水洗」は、住民の自発的選択
「手動の水洗」は、いつものトイレに代わる方法の中で、もっとも多く選ばれました。
既存の水洗トイレを使って行う「手動の水洗」は、住民が自らの発想と意思によって選んだものです。国や自治体により、水洗トイレに代わる方法として明確に推奨され、あるいはそれを支援または補助されるという取り組み、いわゆる行政施策ではありませんでした。そしてまた、そう呼ばれることも、ほぼありません。
行政施策としての「手動の水洗」
行政施策としての「手動の水洗」もあります。マンホールトイレです。
マンホールトイレとは、マンホールの蓋を開け、その上に腰掛けられる便器を置き、周りを囲うなどして排せつできるようにつくられる災害用トイレの種類の呼称です。
マンホールトイレのうち、公共下水道に接続するタイプのものは、多くの場合自治体の下水道部局によって整備され、かつその使用に際し、何らかの水源をもって水で流すことから、行政施策としての「手動の水洗」と言えます。
既存の水洗トイレを使う「手動の水洗」に対して、”災害用トイレを使う「手動の水洗」”と言うこともできます。
また「手動の水洗」についての行政施策として、推奨や支援とはむしろ逆に、制限──「水を流さないでください」というお願い──が、一部の自治体で実施されたことがありました。
「手動の水洗」は、選べないときがある
「手動の水洗」が選べるためには、満たすべき条件があります。
運ぶ経路と処理する場所の両方が機能していること──すなわち、壊れておらず、無事であること──、という条件です。
公共下水道、浄化槽、そしてし尿処理施設など処理設備の構造物(3)そのものが災害により破損し、その役割を正常に果たさなくなった事例があります。
水洗により運ばれる経路(パイプ)が塞がっている、あるいは途切れている。運ばれた先で処理ができない……。そんな状況であれば運ぶべきではない、つまり手動であっても水を流すべきではありません。
この場合「水を流さないでください」というお願い、すなわち「手動の水洗」の制限が、自治体から住民に呼びかけられました(4)。
どれだけ水が確保できたとしても、
のです。
行政の人の立場を想像したら、どんな気持ちですか?
しんどいね……「流さないでください」って言うのは。
(4) 東日本大震災時における千葉県浦安市、宮城県多賀城市、同七ヶ浜町などがその一例。
「いつもの運び手」に代わりうるのは、人手だけ
手動を含む「水洗」、つまり水運ができなければ、それに代わるものは陸運しかありません。
し尿の陸運は、自動車による運搬です。2020年時点において、自動車の自動走行は実用化されていません。また仮に走行が自動化できたとしても、積み込みと荷下ろしが自動化されるのはさらにその先。当面、し尿の陸運とは、すなわち「人が運ぶこと」です。
排せつ者(住民)を主語にして、し尿の運搬手段をみたときには、こう言えます。
災害時のし尿処理計画は、し尿の運搬を人に「託す」ことを前提とせざるを得ず、またそうしているのです。
今さらだけど、水洗ってありがたいなって思った。
そうですよね。私も同感です。
行政の人なら、どう考えると思いますか?
人が運べる方法を、具体的に考えたい!
いつもとは違う運び方を可能にする「貯めて、託す」
いいですね! 何か方法は思い浮かびますか?
うーん、人が運ぶってことは、一旦どこかに貯めておく必要があるよねぇ……
貯めおくのは、仮設トイレ
人に託す、つまり人が運ぶためには、一旦し尿を貯めおく必要があります。排せつしたし尿を貯めおくタイプのトイレが、災害時のニュースなどでよく目にする箱形のトイレ、いわゆる「仮設トイレ」です。
仮設トイレの災害用トイレとしての価値は、このし尿を「貯めおける」という機能にあります。
マンホールトイレの一部には、この「貯めおける」という機能を有したものがあります。貯めおける機能を有した貯留型のマンホールトイレ(5)も「貯めて、託す」に使えます。
吸い上げ運ぶのは、バキュームカー
貯めおいたし尿を吸い上げ、そのままの状態で運ぶ車があります。
専用の機械を加装した「吸上(きゅうじょう)車」という名の特装車両で、俗には「バキュームカー」や「汲み取り車」と呼ばれています。
運ばれる先は、し尿処理施設(一部例外あり)
仮設トイレの下部の便槽(タンク)からバキュームカーで吸い上げられたし尿は、そのままし尿処理施設まで運ばれ、そこで浄化処理されます。
一部例外的に、し尿処理施設ではなく、下水道のマンホールまで運ばれる場合がありました。
マンホールの蓋を開け、被災のない下水道設備へ放流します。下水道管を流れて行き着いた下水道最終処理場で浄化処理されるという方法です。
「貯めて、託す」の課題 <時間がかかり、数が足りない>
「貯めて、託す」の課題は、時間がかかり、数が足りないことです。
時間がかかる
「仮設」という名前の通り、仮設トイレは”常設”ではありません。運搬や設置を含む準備に必ず時間が必要です。支援物資として運ばれてくる場合はなおさらです。被災下の物流もまた非常事態。到着までに平時にも増して時間がかかりました。
貯留型のマンホールトイレも、上部構造と呼ばれる「便器と囲い」は常設ではありません。仮設トイレと同じく設置を含む準備には時間が必要です。
数が足りない
仮設トイレが設置されるのは、主に避難所です。在宅で避難生活を送る人も含めば、避難者数に対するトイレの必要数をまかなえるだけの仮設トイレが設置されることは、残念ながらありません。トイレの数が足りないのです。
マンホールトイレは、トイレ数の不足を補うものとして期待され、整備されています。一式のマンホールトイレ設備に対して使用可能なトイレの数は、一般的には4~6基程度。必要なトイレ数の補足に十分とは言えません。
すぐできないのも、数が足りないのも、困るよ……
おっ、だんだん行政の人っぽくなってきましたね!
課題を解決する「吸わせきるトイレ(吸わせきって、託す)」
あっ、ここで吸わせきるトイレの出番か!
そう! 思考の過程をたどってくると必然的な「出番」はここなのです。
用を足し、吸わせきるのはいつものトイレ
袋に用を足し、し尿を吸わせきって、ごみに出す「吸わせきるトイレ」。袋を便器に被せることで、いつものトイレが使えます。
なお、いつものトイレの使用にあたっては、その空間が安全であることが前提です。必ず、空間の安全が確認されてから、そのトイレを使用してください。
もしも、トイレ空間が危険であれば、段ボール製の簡易トイレや、主に介護用として使われるポータブルトイレなど「便器の代わり」になるものも活用できます。
運ぶのは、平積み車が望ましい
水気を吸わせきったし尿ごみは、他の可燃ごみと分別し(6)、収集および運搬を行います。運搬には平積み車、いわゆる「軽トラック」の使用が望まれます。
平積み車の使用を望む目的は、作業従事者および搬送経路周辺住民への汚染防止です。
使用される車両のもう一つの選択肢に、俗に「パッカー車」と呼ばれ、広く可燃ごみの収集運搬に使用される機械式収集車があります。
機械式収集車は、ごみを圧縮する際に袋が裂けて中身が飛散するおそれがあり、吸わせきったし尿ごみの収集には不向きと言えます。
運ばれる先は、ごみ焼却場(一部例外あり)
平積み車または機械式収集車に積み込まれたし尿ごみは、そのままごみ焼却場まで運ばれ、そこで焼却処理されます。
一部、例外的に、埋め立て処分される場合もあります。
「吸わせきるトイレ」の課題 <浄化処理できない>
「吸わせきるトイレ」の課題は、微生物による浄化処理ができないことです。焼却も埋め立ても、し尿処理として理想的とは言えません。
吸わせきって、託される「し尿ごみ」の量は、できれば小さく押さえたい。大きくなることが歓迎されるものでは、断じてありません。
吸わせきるトイレは「貯めて、託す」の課題を解決する
「吸わせきるトイレ」は「貯めて、託す」の二つの課題を次のように解決します。
時間がかかる → すぐできる
「吸わせきるトイレ」は、すぐにできます。状況に左右されず、何かを待つ必要がありません。特に発災直後、いわゆる急性期にこそその価値が発揮される方法です。
数が足りない → 既存のトイレが使える
「吸わせきるトイレ」は、いつものトイレが使えます。「貯めて、託す」のように仮設ではなく常設、すなわち既存のものなので、必要数に不足するということは物理的にあり得ません。
結論、吸わせきるトイレは必要不可欠である
断水により平時の運搬手段を喪失した状況にあって、初動における唯一の有効な手段であり、既存利用によりトイレの必要数を担保できることから、
と言えます。
どうでしたか? 行政の人になりきれましたか?
うん、なりきれた! ごみとしての処理は理想ではない。でも必要で不可欠。順番に考えてたら、そうなった。
では行政として、災害時のし尿処理は「吸わせきるトイレの活用」を前提としますか?
無論、そうします。