阪神・淡路大震災から23年。原点を見つめる | チーム・トイレの自由(減災チーム・トイレの備え)

阪神・淡路大震災から23年。原点を見つめる

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今日で24回目の1.17を迎えました。多くの犠牲者に祈りを捧げ、トイレの備えの原点を見つめます。

災害トイレ元年となった1995年(平成7年)

阪神・淡路大震災という都市型震災で生じたトイレ大混乱を契機として、仮設トイレの設置のあり方などに多くの課題を残しつつも災害時には災害用トイレが有効であることが判明し、災害時のトイレ対策そのものが見直された。平成七年は「災害トイレ元年」となった。

出典:「トイレが大変!―阪神・淡路大震災と新潟県中越大震災の教訓」

23年間で目覚ましい進歩を遂げた災害用トイレ

23年前の1月17日に発生し、死者6,400人を超える甚大な被害をもたらした阪神・淡路大震災。阪神以前にも関東大震災(1923年)や1978年宮城県沖地震(1978年)など、し尿やトイレで不便や苦労を強いられた災害がありました。しかし”水洗トイレが一般化してからの大規模な都市型震災”という誰にとっても初めてに近い経験は「災害時のトイレには問題があり、その対策が必要である」ということを広く認識させ、1995年は「災害トイレ元年」となりました。

以来、今日で23年。災害用トイレは製品の数、質ともに大きく進歩しました。そこには多くの方の想いと努力がありました。心から感謝しています。

ハードの次はソフト。意識を変えたい

しかし2年前の熊本地震でもトイレには問題がありました。ハードウェア、すなわち製品としての災害用トイレ、だけでは問題は解決されませんでした。ハードの次はソフト。災害時のトイレ問題の解決に、一歩でも近づくためには一人ひとりの意識を変えることが不可欠です。

そのことが災害トイレ元年から10年後に発刊された書籍で指摘されていました。

トイレ・トレーニングが必要なのだ

最後に、今後の災害時トイレに関する課題を指摘しよう。

第一番目には、防災対策を考えるときには災害発生後二週間に対応できるトイレ対策を考えることが絶対に必要だということである。

二番目に、災害用トイレの認知度を高める必要がある。(中略)

三番目にあげられるのは、防災訓練(トイレ訓練)を充実することである。災害時にトイレをどのように使用するのか日ごろからの防災トレーニングが必要だと考えている。神戸市の「防災トイレ」は防災訓練の中で使用していない。そのため、児童生徒が「こういうものがあるのだ」という認識を持つことができないのが現状である。(中略)簡易トイレ(便袋)については、実際に大学生に使わせてみた。使ってみるように言ってはみたが、パニックを起こして使わない。使いたくないのだ。平常時ではこのような「便袋」など絶対に使いたくない。しかし、災害時に備えて使わせておく必要がある。トイレ・トレーニングが必要なのだ。

出典:「トイレが大変!―阪神・淡路大震災と新潟県中越大震災の教訓」

指摘された課題のすべてが意識に関わること

この文章は「平成十七年二月三日に横浜で開催された『第九回震災対策技術展』で『震災一〇年と防災トイレ対策』のテーマで発表したものをとりまとめたもの」で、水本浩典(神戸学院大学人文学部人文学部長:当時)と渡辺あづさ(神戸学院大学人文学部大学院:当時)の両氏によるものです。

「最後に」と前置きして指摘された災害トイレの三つの課題は、その全てが被災者の意識、ソフトウェアに関わることでした。

平常時ではこのような「便袋」など絶対に使いたくない

中でも、三番目に挙げられた「トイレ・トレーニング」は、まさに当会が取り組んでいることで、同じ想いの先達の存在に嬉しさがこみ上げました。

携帯トイレ(水を使わないトイレ)について「実際に大学生に使わせてみた。使ってみるように言ってはみたが、パニックを起こして使わない。使いたくないのだ」とエピソードを語っています。

同じような指摘が同書の新潟県中越大震災についての記述にもありました。

「俺は若いから(排便を)やれたが、女性や子どもは無理だよ。第一、いきなり小便が飛んで大便は小便と混じって袋を閉じるとタブタブになってね。これをゴミ箱に捨てたときは気がひけたよ。」この使用体験者(三〇代の男性)は、「便袋を使う場所などあまりないよ。いくら困っているときだからといっても人をバカにしているよ」とまで言っていた。

出典:「トイレが大変!―阪神・淡路大震災と新潟県中越大震災の教訓」

これが現実か、とあらためて思い知らされます。この男性の反応は決して偏ったものではなく、おむつが外れてから、ほぼ水洗トイレでしか排泄したことのない現代の日本人にとっては自然な反応なのかもしれません。

短い文章であり、記者による聴き取りなので、この体験者の男性の真意を計りかねるところもありますが、「携帯トイレの使い方を知らなかったのではないか」と思わせる箇所がいくつかあります。もしこの方が携帯トイレ減災トレーニングを体験していたら、感じ方が変わっていたかもしれません。

体験を通じて、正しい知識と技能を広めたい

人それぞれのトイレ観は、トイレ様式に合わせた日常のトイレ作法やトイレモラルなどトイレとのお付合いの中で習慣化したからだ。だから、非日常的なトイレ製品を多少でも使うか馴染むかしていれば、つまり普段から認知していれば、新潟県中越大震災「便袋」が嫌がられるということはなかったかもしれない。「便袋」の善し悪しは別としても、登山家たちの間では山での便袋の有用性は充分認知されているからである。

出典:「トイレが大変!―阪神・淡路大震災と新潟県中越大震災の教訓」

体験こそすべて、と思い携帯トイレトレーニングを続けています。その必要性と有用性があらためて担保され、心強く感じます。「大切な命、トイレを備えて生きる、生かす」という原点を忘れず、前進します!

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